イタリア

第1章 ローマ
夕刻にフィレンツェから列車でローマに入った。この街は3年振りだ。いつもの如くホテルの手配もしないまま駅に着いたので すぐに宿泊先を探さなければならない。それでも私の旅の鉄則である安全、便利、そして価格がリーズナブルという条件を満たすホテルが駅から5〜6分の所に見つかった。

夏のヨーロッパの日没は遅いといっても夕方の5時過ぎに街に入ったとなるといくら効率良く動こうとしても物理的に無理がある。慌ただしくチェックインを済ませ部屋の安全を確認した後、フロントに戻り街を散策するための情報をもらって 外に出た。途中、移動に必要なだけの小額のT/Cを両替してツアーマップを片手に歩き出した。

コロッセオ外周の広い車道を横切っていたらスクーターに乗ったイタリア人の新婚カップルに道を聞かれた。二人はボローニャの近くの町から来たのだといった。こちらも今日着いたばかりなので、むしろ私の方が道を聞きたいくらいだと答えると、何だ、お互いに旅行者なのかと笑いながらそのままスクーターを 走らせて大通りへ消えて行った。

トレビの泉の人ごみは単にそこがローマ最大の観光スポットという訳だけではないだろう。まだ昼間の熱気が冷め切れない生暖かい空気の中で、少しでも噴水のしぶきで ほてりを静めようとでもするかのように泉の縁に何重にも人が陣取っていた。それに比べてスペイン坂は静かだった。広い両袖の階段には画家や画学生達が自分の作品を大小のイーゼルに乗せて展示していた。 もちろん販売しているのだが、さほど客に気を止めるでもなく通り過ぎる人々をただ眺めていたり、ある者はひたすら読書に耽ったままで側に人が立っても目線を上げることもない。

スペイン坂を上り切った所に素敵なホテルがあった。入り口に立っていたベルボーイの何とオシャレで スマートな立ち姿。「真実の口」への道を尋ねたがかなり遠いため断念した。フォロ・ロマーノの遺跡に往時をしのび、幾つもの大通りを過ぎてパンテオンに着いた。イカ墨色(即、そう思ったのだから仕方ない)の夜空にどっしりと建って いるパンテオンを眺めながら、前の広場の白い小さなテーブルに座りジェラードで喉を潤し、パンテオンの上に広がる暗闇の中に薄淡く光る星を数えていた。

すでに夜も10時になろうとしていた。地下鉄でホテルに戻ろうと地図を広げたが道がよくわからない。細い路地を 幾つか抜けると、建物の横に取り付けてある水道で丁寧に手を洗っている男性がいた。風貌がアル パチーノに似たその男性は路地を挟んだところにあるレストランのマネージャーだった。地下鉄への道を尋ねると静かな口調で応えてくれた。 そのまましばらく一緒に歩いてくれるので申し訳なく思いそれを詫びると、今仕事が終わり帰宅するところだから気にする事はない、と言って静かに笑っている。途中通り過ぎるレストランのウエイター達に気さくに声をかけながら表通りまで送ってくれた。

地下鉄の駅で切符を買おうとしたが窓口は閉まっていて自動販売機しかない。どう操作しようともそれがまったく機能しない。一応張り紙の説明はあるのだが英語ではない。横にいたイタリア人らしき家族に尋ねるが彼らも分からないと言う。 イライラしていたら三々五々とやって来る人々は別に戸惑う様子も無くそのままエスカレーターでホームに下りて行く。不安ながら私もそうした。そこには黄色い大きなビニールシートが通路の壁面いっぱいに張ってあった。 何のことはない、先ほどの張り紙は、自動販売機も故障しており工事中のため迷惑をかけているのでそのまま乗車OK!の意味だったらしい。でも本当にそうだったのだろうか・・・?

駅からホテルへ戻る途中ナントも不思議な光景を目にした。 通路に出したテーブルの一つにカトリックの神父が二人何を語るでもなく静かに並んで座り、ただひたすらカプチーノを飲んでいた。その対角にある小さな丸テーブルの席に三人のゲイの男達が大きなジェスチャーでワインを片手におしゃべりしていた。 劇場の舞台メイクかと見まごうばかりの厚化粧だ。三人の着ている服もぴっちりと体にまとわりついた何ともカラフルな色合わせで、カラーストッキングに10センチはあるだろう銀色のハイヒールを履いていた。 この静と動のコントラストこそまさしくイタリアなのだろう。


Back to Home Page